3日目 「特別」コース

 アンコール・ワット、アンコール・トムの他にも遺跡は点在しているため、「大回りコース」「小回りコース」が、公式(たぶん)のモデルコースとして知られている。これにしたがって観光してもいいが、僕が知識と経験を生かして、「特別」コースを作ってみた。現地で3時間かけて練ったプランで、実際に周ってみた。良くで出来てると思う。参考にしていただきたい。雇った運転手が大活躍である。

   プレ・ループスラ・スランバンテアイ・クデイタ・プロムタ・ケウタ・ソムニャック・ポアン北大門 プノン・バケン

プレ・ループ(写真左)

 三層のピラミッド形寺院。特徴は中央テラスに石造の槽があること。昔、この石槽で死者を荼毘に付し、儀式が行われていた、という言い伝えがある。この儀式を「プレ・ループ」と称したことから、これが遺跡の名称となっている。

スラ・スラン

 王の浴場だったといわれる、東西700b南北300bの静かな池。水の下にもラテライトの岩が敷き詰められている。落ち着く場所である。この壮観以外、特に見るべきものはないが、バンテアイ・クデイの道を隔てて反対側に位置するのでちょっと寄り道してみよう。ポル・ポト時代は、水を抜いて水田として利用していた。

バンテアイ・クデイ

 ヒンドゥー教と仏教が混交した遺跡。建立したふたりの王が違う宗教だったためである。

タ・プロム(写真右)

 東門から入って遺跡を突き抜けて西門から出よう。運転手には、乗り物(タクシー、バイク)を西門にまわして待っておくよう伝えておくこと。英語を知らない運転手なら、ホテルの人にあらかじめクメール語でその旨紙に書いてもらい、彼に渡すとよい。自然に破壊された遺跡に達するまでの長い道を歩いていると、現在から取り残されそうになる。それほど長いわけではないのに、いつまでも続く道のような気がする。自然に侵されたこの遺跡には心を奪われるでしょう。崩れ落ちた回廊から屋根に登り、屋根の上に座って物思いにふけると静かな感動が胸の奥から湧きだし迫ってくる。西門まではどうやって出たらいいか迷うことになろう。あ、行き止まりだ。


タ・ケウ
(写真左)

 幾何学的立体美のピラミッド形寺院。どうやって石を積み上げたのだろう、などと考えながらのぼってみよう。すばらしいのはやはりその外観である。

タ・ソム

 南国特有のイチジクの巨木に破壊された遺跡。自然の猛威を肌で感じ、遺跡の壮絶な姿には圧倒される。それはタ・プロム以上である。

ニャック・ポアン(写真右)

 「観世音菩薩をあがめていた商人シンハラは、航海中の嵐で、仲間とともにある島に打ち上げられた。そこに住みついていたラークシャシー(人喰い鬼の牝)たちは、美しい乙女に変身し、シンハラたちを歓迎し、やがて夫とした。ある夜、シンハラがふと目を覚ますと部屋のランプが笑ってこう言った。『あの女たちは人喰い鬼の牝で危険だ。海辺にヴァラーハという馬が待っているから、それにのって逃げなさい。ただし馬に乗ったら決して目を開けてはならない。』シンハラは仲間たちを起こし、みんなでこっそり海辺へ行ってヴァラーハにしがみついた。馬は天高く駆け上がった。この馬こそシンハラのあがめていた観世音菩薩の化身だった。」こんな曰く付きの遺跡ニャック・ポアンが個人的に気に入ってます。小さな遺跡だけど、伝説の街に訪れたような錯覚に陥ります。中央の馬(ヴァラーハ)の像を見たかったのですが、雨期の終わりだったため周りに池が出来ていて、行けなかった。馬に数人がしがみついている石像です。また、四方にある庵のような小さな建物の中には、人・象・獅子・牛の首の蛇口がある。きれいに残っている。ひとつひとつ周ってみよう。

 ここで竹製の鈴を売っていた少女は印象的だった。

北大門

 巨人たちがナーガ(大蛇)を引っ張りあっている。右側の巨人は恐ろしい表情のアスラ(阿修羅)で、左側は鼻筋の通ったデーヴァ(神々)である。ともに54体ずつある。アンコール・ワットのレリーフにあった「乳海攪拌」の図である。

プノン・バケン

日の出、日没を見るために行く高地である。丘の上の寺院で、それ自体たいした遺跡ではない。しかし、ここから観るアンコール・ワットは美しい。一種の展望台である。その意味でも、雨期は避けた方がいいだろう。一見の価値あり。一番上には政府軍兵士3人が駐屯している。うっかり武勇伝を聞くと、金を要求されることもあるので注意。

シエヌリアップへ
聖域拝観料とモデルコース

コース1日目
コース2日目
コース4日目