アルゲ・バム

12/15(日)

 前日21:30発ケルマン行きのバスの中。到着は朝8:30予定だ。目的地のバムは、そこからさらに3時間かかる。合計14時間のバス旅だ。体調を崩さないように、精神統一でもしていようとおとなしくしていたら、バスの待合室で話していた少女が寄ってきた。とてもかわいらしい子だったが、世話好きなのか、気に入られたのか、どうもぼくのそばにいたいらしい。ペルシャ語で何かを話して、ぼくの隣の席の男性と席を替わってもらってしまった。何かと思えば、配られたコップでチャイを作ってくれたり、お菓子を開けてくれたり、なにやらオママゴトが始まってしまった・・・。小さい子を傷つけちゃいけないなと思って、ニコニコしながらチャイを飲んだり、お菓子を食べてがんばってみたが、どうも気持ちが悪くなってしまった。やばいなぁと思って、眠ったフリをしてなんとかその環境から逃げ出した。本当に眠くなってウトウトしていた。

 1時間くらいは経ったのだろうか。ふと目を開けると、なんとその子が前に立っているじゃないか!ジャジャジャーンという感じだった。かばんに持っていたスニッカーズやのど飴はニコニコしながら取られてしまい、頼みもしないのにリンゴをぼくのかばんに入れたり、やられたい放題で本当に誰かに助けてもらいたかった。ようやく解放されたかと思えば、1時間くらいすると戻ってきてしまう。怒るに怒れず、ニコニコしていたが、ほとんど眠れずに体調も優れず朝を迎えることとなってしまった。

  定刻通りにケルマンに着いて、ようやくブラック・エンジェルの呪縛から解き放たれた。バム行きのバスチケットは4,000リアル(625円)。10:00発だ。結構時間があるなぁと思って、ブラブラしていたら他のバス会社も「バムバム」と叫んでいる。ふと入ってみたら、9:00に出発すると言うのであわててこちらに乗り込むことにした。

 バム着が12:30。とりあえず荷物を置いてシャワーだけでも浴びられるよう、ホテルに向かったが、closed。他にはほとんど宿がないので、しかたなく荷物を背負ったまま、廃墟アルゲ・バムまで2kmほど歩くことにした。この街唯一の目的であり、この遺跡だけのために片道14時間もバスに揺られてきたのだ。それにしても、本当に何もない町だ。アルゲ・バムに着いても、レストランも閉まっているし、giftshopと書かれた店(1軒しかない)も、場内のチャーイ・ハーネも閉まっている。とりあえず、チケット売場にバックパックを置かせてもらうことにした。

 アルゲ・バムは土、石でできた城塞で、建築当時のことは明らかにされておらず、近代に廃墟となった壮大な遺跡だ。いろんな遺跡を見てきたが、こんなに閑散としているのは初めてだ。周辺のお店が開いていないのもそう感じる要因だろう。まさに「廃墟」という感じだ。観光客は誰もいない。ただ数人の作業員が遺跡を土で修復しているのみだ。ひとり城内を歩いて、周囲の景色さえ違うが、城の雰囲気はシリアのクラック・デ・シュバリエにどことなく似てると思った。なんとか中心地にたどり着いて、ひたすら塔の上までのぼると、アルゲ・バムが一望できた。ここでやっとこの城が壮大であることに気づいた。何の香りも、何の音も感じない無色のアルゲ・バム。しかし、城壁に囲まれて入り組んだこの場所で、かすかに人々の生活を感じることができる。ここで人々は、いったい何を考えて、何のために生き、そして死んでいったのだろう。今にも風化してしまいそうなこの遺跡の前で、ぼくはひとりの人間のちっぽけさと、存在することの大きな意味をなんら矛盾することなく感じていた。

 休む場所も、歩く場所もそれほどなく(修復中なので)、2時間ほどでアルゲ・バムをでることとなった。明日の朝までになんとかシーラーズにたどり着きたい。いろいろ聞いてまわるが、バムのバスターミナルからシーラーズ行きの直行バスはないらしい。ただ、バムを経由してシーラーズに行くバスはあるらしく、タクシーで乗り場まで連れていってもらった。「ここにバスが来るはずだよ」と広場に降ろされたので、待つことにした。いくつかフルーツやお菓子の出店が出ていたので、彼らに「シーラーズ、シーラーズ、シーラーズ」と何度も言っておいた。彼らは寄ってくるわりに英語がしゃべれないので、ほとんど会話にならなかった。15:00、一台のバスが来て、ひとりの男がバスに寄っていってぼくに叫んだ。
 「シーラーズ!」
 「メルシー(ありがとう)」シーラーズ着は朝3:00予定。12時間のバス旅だ。考えてみれば、アルゲ・バムに行くために、26時間以上もバスに揺られることになった。でも、それだけの魅力はあったと思う。「何もない遺跡」。何もないからこそ「死の町」と呼ばれるにふさわしい雰囲気を味わうことができた。

 バスに乗ると、20才のベンラミという青年と出会った。いろいろ話していると、彼の友人らしきふたりの青年もやってきた。ひとりは警官、ひとりは軍人だった。なんだかとても心強い。ベンラミとはいろんなことを話して、長い道の途中にある休憩所で、アーモンドみたいな実をいっぱい買って、トンカチで割って食べたり、楽しい時間を過ごすことができた。他のふたりもとても親切で、シーラーズに着いてから、同じタクシーに乗って安宿まで紹介してくれた。ありがとう。

 宿はお湯シャワーとトイレが部屋に付いていて、40,000リアル(625円)。悪くはない。2日ぶりのシャワーを浴びて、3日分の下着を洗って、ようやく落ち着くことができた。2泊(といっても今日の1泊はあってないようなものだが)いられると、随分気が楽だ。明日はリコンファームして、テヘラン行きの航空券を買わなきゃ。さ、寝よ。

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