7月17日、ASEANはカンボジアのフン・セン第二首相がラナリット第一首相の後任にトン・チャイ氏を挙げたあたりから、カンボジアがパリ和平協定と現行憲法の枠組みを維持するという条件付きで、今年末以前のカンボジア加盟を実現したい考えを示している。訪中したASEAN特使のアラタス・インドネシア外相、プラチュアップ・タイ外相、シアゾン・フィリピン外相は北京でシアヌーク国王と会談し、「カンボジアの新しい体制が固まれば(ウン・フォト外相が第一首相に就任すれば)、ASEANとして認知する」と伝え、国王もこれに賛意を示した。同じ頃、ASEANの内政干渉に強い嫌悪感を抱いていたフン・セン第二首相は、ウン・フォト第一首相の擁立と実権掌握を機に月内加盟に強い意欲を表明し、国際的認知に乗り出した。そして、国民や国際社会がシアヌーク国王の帰国を望み、来年5月の総選挙に国王の助力が必要だとも述べ、「新体制」においても国王が重要な役割を担うことを主張した。
翌18日、ASEAN特使の3外相はバンコクのラナリット第一首相とも会談した。ここではラナリット氏から、「ラナリット氏が第一首相に復帰し、双方の武力をシアヌーク国王の監督下におく」などの4案が提示された。他にはラナリット氏とフン・セン氏とも首相を降りるなど、いずれも両氏運命共同的な案で、フン・セン氏には受け入れがたいものだった。
こうして、23日にミャンマー・ラオスとともにASEAN加盟の可能性も見えたのだが、翌19日、ASEAN特使3外相がフン・セン第二首相と会談した際、このASEANによる調停に対し、「カンボジア問題は政治問題でも軍事クーデターでもなく、法に則ったもの」として、再び「内政干渉」だと切り捨て、「カンボジア1千万人に対する侮辱だ」とまくしたてた。
確かに、ラナリット氏の提示した4項目提案は、フン・セン氏にのめるものではないが、「内政不干渉」と「建設的関与」というASEAN独自の原則とフン・セン氏の思惑との食い違いにより、ASEANが威信と組織力をかけたこの調停工作に限界があることが浮き彫りとなった。ただ、ASEANが外交的敗北を喫したとはいえ、カンボジアの加盟を改めて承認するのは確実で、そうすると3外相によるASEAN調停の存在意義が問われることになろう。このことからも、カンボジアのASEAN調停拒否に不快感を示す国が出てきたことは否めない事実である。
| マレーシア | ASEAN10実現へ意欲を強調 |
| フィリピン | 目標はASEANを単に大きくすることではなく、 関係を深め、強化することだ |
| シンガポール | カンボジア情勢の正常化を望む |
| タイ | カンボジア内政に関与すべきだ |
| ベトナム | 利害関係が微妙なだけにあえて発言を控える |
そういう中で、23日ラオス・ミャンマーがASEANに加盟した。この2カ国を加えてASEANは「ひとつの東南アジア」へ大きく前進することになるが、これについてアジット・シン事務局長は「人口4億8千万人の市場ができる」と加盟の意義を強調し、貿易・投資の交流拡大による成長加速への期待が加盟側・受け入れ側の双方に大きいことを示唆した。カンボジア加盟(「ASEAN10体制」実現)について、加盟各国の見方は様々(右表)である。また、軍事政権のミャンマーについては人権状況をめぐってアメリカなどの強い批判があり、この問題がカンボジア問題に隠れたことと、「ミャンマー加盟を延期すると国内の状況が改善に向かう保証はない」というアブドラ・マレーシア外相の考えによる「見切り発車」の面があり、今後ASEANの真価が問われるであろう。
マレーシアの首都クアラルンプールでASEAN定例外相会議が開催される前日の23日、そこに到着したカンボジアのウン・フォト外相(第一首相に内定している)は空港内の声明で「ASEANがカンボジアに政治的安定をもたらすための役割を果たすことを歓迎する」と述べ、以前フン・セン氏が声明でASEANに与えた悪印象をぬぐおうとした。同日、フン・セン氏はプノンペンで、武力によるラナリット氏追放の正当性を国際社会に認めてもらえるよう訴え、アメリカに対しては「1970年代にアメリカはカンボジアを爆撃した」と述べ、カンボジア問題に干渉することに不快感を示した。ASEANを防波堤に、アメリカの影響力を弱めたいのだろう。ASEANとしてはカンボジアの立場を尊重しながら、アメリカの妥協点を模索すべきだが、アメリカが過度に介入することで、静観している中国の反発を招き、事態が複雑化することも考慮する必要がある。どのように調停工作を進めるかが課題である。また、最近アジア通貨が動揺しているが、これにはアメリカの某投資家(ジョージ・ソロス氏か?)が政治的思惑から売りを仕掛けたという見方がある。もしそうなら、アメリカとASEANの緊張が
高まれば、アジア通貨が一段安になる可能性が高い。アメリカを意識してのカンボジア・ミャンマー問題。一筋縄にはいきそうにない。
ナショナリズムを土台とする東南アジアの政治風土には、欧米の合理主義で割り切れない「矛盾」が混在している。民主化の一方で、王族政治・強権と独裁・不干渉主義がはびこっているのだ。また、アジア各国が外国勢力の干渉に反発する原因は、「植民地支配の過去」と「欧米との価値観・政治風土の違いを乗り越える努力の薄さ」にある。国際社会に泣きついたラナリット氏をASEANが冷ややかに見ているのには、そういう背景がある。
また、日本がフン・セン氏に対して批判的な意見があるにも関わらず、新体制を追認する方向なのは、これまでの和平と復興への努力と支援を水の泡にしたくないからである。PKOに初の自衛隊派遣。最大の経済援助。しかし、アジアのめざましい経済成長の中で日本のODAを卒業した国も出てきた今、日本外交が転機を迎えているのは否めない事実である。軸足をアメリカにおく姿勢を簡単に変えることはできなくても、日本がASEANに対して、日本の言葉で語ることは重要である。このまま明確な方針を打ち出さなければ、「金の切れ目が縁の切れ目」になってしまう。
さて、当のカンボジア国民がASEAN加盟に関心を持っているかというと、そうではない。クメール語紙ラスメイ・カンプチアには「庶民の関心事は、いつASEANに加盟できるかではなく、今日何を食べて胃袋を満たすことが出来るか、だ。『ASEAN』の意味を理解しているのは一握りの知識人のみである」と書かれている。我々がカンボジアを考えるとき、このことをまず前提においておかなければなるまい。