ウドン(近畿日本ツーリスト「カンボジア」より)

 17世紀から19世紀の中頃まで、カンボジアの王都であったが、ベトナム戦争中はポル・ポト派の避難所になっていたらしい。2つあるうちの大きい方の丘の300段の階段をのぼると、頂上部に「18腕尺(9メートル)の仏陀のビバーラ」と呼ばれる寺院遺跡がある。この丘の北西端にはモニボン王の卒塔婆があり、さらに、そこから階段で丘を下りると、その北側に、ポル・ポト派の残虐行為を壁に描いた別棟がある。付近には犠牲者のための慰霊碑があるが、そこは死体を捨てていた溝が発見された場所である。

 ウドン周辺のポンヘアールという所は70から80軒の家が並ぶ日本人町があったといわれ、日本人愛好の饂飩(うどん)はここの地名が由来となっているともいわれている。